(人生とはルービックキューブのようなものだ)
私は気づいた。
一面を揃えようと没頭していると、残りの五面がぐちゃぐちゃになる。
私にとっての一面は、市長としての顔だった。
市民の声を聞き、人のために奔走し、私の仕事は評価され、尊敬もされていた。
しかし、その仕事を全うするために、家族に向き合う時間が全く取れなかった。
気が付くと、息子は不登校からの引きこもりとなり、四十代に突入していた。
この息子を何とかしようと妻一人で奔走し、祈祷師に頼った。
私の積み上げた財産も、大半を失ってしまった。
妻はもう疲弊してしまって、家族に団欒はない。
そしてオーバーワークがたたり、私は車いす生活が余儀なくされ、市長の座も退く事となった。
仕事も失った私には、もう何も残っていない。
ふと我に返る。
あれほどの犠牲で揃えた一面に、はたして価値はあったのだろうか?


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