私は、若いころから感情が平坦であった。
人の喜びや痛みに共感できないのだ。
(なんでペットが死んで泣いているのだろう?)
(なんで卒業式ごときでこんなに泣けるんだ?)
泣いて取り乱す人を、無感情で眺めていた。
そんな私に、好意を持ってアプローチしてきたのが今の妻である。
彼女は、小さいプレゼントにも涙を流して喜び、私の問題にも自分のことのように怒り、向き合ってくれた。
(彼女といると、人の感情と言うものが理解できるかも知れない)
そう思い、私は結婚を決意した。
彼女との結婚生活で、子供にも恵まれ、家族と共にたくさん笑い合う中で、
「愛おしい」「悲しい」「切ない」‥‥
という感情をだんだん理解できるようになり、私の中でも育っていった。
そんな中、癌が見つかり、妻と子供を遺して命が終わろうという今、「感謝」と「別れの寂しさ」、そして、もっと生きたかったという「悔しさ」が絡まっている。
でも、こんな人間らしい感情を取り戻せたのも、今、手を握ってくれている妻のおかげだな。
「ありがとう」
そう言葉を遺し、私は生涯を閉じた。
多くの人の中に、ひと際目立つ、興味深い男がいた。
私は、自分でもサイコパスの自覚がある。同じ空気のある人は、一瞬で見分けることが出来るのだ。
ただ、
(浅いな)
と私は感じた。
この程度なら、私がマインドコントロール出来るのではないか?
私は、彼に照準を定め、実験を開始した。
今、死の淵にいる夫は、
「まだ死にたくない」
と取り乱す日、
「今までありがとう」
と抱きしめる日と、感情が目まぐるしく変わっている。
私が出会った頃の無感情のあの男とは別人のようだ。
「ありがとう」
そういって永遠の眠りについた夫を見て、私は呟いた。
「実験成功」


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