俺には父親がいない。
俺が生まれてすぐに、何の前触れもなく蒸発してしまったというのだ。
母はそんな状況でも、俺を女手一つで育ててくれた。
母は、
「こう見えても、若い頃は美人だったのよ」
と話す。
生活の苦労のストレスで20㎏以上太ってしまったらしい。
「じゃあ見せてよ」
と俺は言うが、恥ずかしがって見せてくれることはなかった。
俺が成長し、20代になった頃から、母は何故か俺を避けるようになり、俺もそんな母と距離が出来てしまい、徐々に疎遠になってしまった。
俺はその間、数年単位の記憶がすっぽりと抜け落ちる、記憶障害の症状を抱えたこともあったが、それでも何とか社会で働き、定年を迎えようとした頃、1本の電話が入った。
母が危篤らしい。
久しぶりに合った母は、すっかり痩せていて、その姿には既視感があった。
「ありがとう。遠ざけてごめんね。怖かったのよ」
と涙を浮かべる。
「…怖かったって、何が?」
母は、その夜に息をひきとった。
枕元に置かれた1枚の写真を見て、俺は愕然とした。
そこには、赤ん坊の自分と共に、若い日の母と、20代の俺が映っていたのだ。
「…俺の父親って…」
写真の中には、3人の愛おしい時間が遺されていた。

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