井戸

ショートショート

我が家の裏には井戸がある。
昔ながらの、つるべ落としのある井戸だ。

水道で賄えてる今、井戸は埋めていいのではと祖母に言ったことがあるが、
「何かあった時のために残しておきたいんだ」
と頑なに譲らない。

私の両親は、あまり仲が良くなかった。
母が泣いていた姿を、おぼろげながら覚えている。
ある日、母は家を出て行ってしまい、それ以降、父と祖母との3人暮らしだ。
父は、あまり私に構ってくれないが、その分、祖母が私の世話をしてくれている。

ある日、父のもとに一人の男が訪れた。
その日は胸騒ぎがして、私は二人の後をつけた。

「金の返済はどうなってっるんだ?」
「…いや、もう少し待ってもらえないか?」
父はそう言い、相手が背を向けた直後、手に持っていたロープを首に回して締め上げた。

父はそのまま家に帰り、その後、祖母がその男を井戸に投げ込んだ。

(私は何も見ていない)
そう自分に言い聞かせたが、言動にあらわれてしまっていたのだろう。

2日後、後頭部に鈍い痛みが走り、次に目が覚めた時、私は井戸の中にいた。
井戸の上から、冷たい顔をした祖母がのぞき込んでいる。

「もうこれを最後にしておくれよ」
「わかったよ」

その声が、次第に遠ざかっていった。
その井戸の中には、おとといの男性と、白骨化した、あの日の母がいた。

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