はじめに
シューマンの作曲の特徴は、一つのジャンルを始めると、そのジャンルに短期間で集中的に取り組み、圧倒的なな集中力で名作を生み出すという、独特なスタイルにありました。
ロマン派の作曲家は特定の分野に秀でた人物が多く見られますが、シューマンが特に情熱を注いだのは、ピアノ曲と歌曲でした。
ここでは、彼が遺した多くの作品の中から、ジャンルごとにおすすめの曲をご紹介します。
ピアノ曲
もともとピアニストを志していたシューマンは、右手の故障によりその道を断念しました。
だからこそ、ピアノ曲には特別な思い入れがあり、作曲を始めた初期はピアノ曲だけを手がけていました。
ピアニストとしての感性を生かしながらも、彼の作品はは技術を誇示するものではなく、音の美しさや調和、そして内側からにじみ出る情熱を大切にしていました。
子供の情景
12曲の小品で彩られた、宝石箱のような美しい曲集です。
この作品集は、弾きやすい曲でありますが、子供向けに書かれたものではなく、シューマン本人が「子供心を描いた、大人のための作品」と語っています。
自分の子ども時代に感じたワクワクした感情を思い起こさせるような、1曲1曲に小さな物語が感じられる、丁寧で温かい曲集です。

第7曲「トロイメライ」が特に有名です。
クライスレリアーナ ピアノのための幻想曲集 Op.16
この曲は、作家であり、画家でもあり、また音楽家であったホフマンという人物の音楽評論集の題名から引用してこの題名が付けられました。
シューマンはその中に出てくるクライスラーという人物を自分自身に、そしてさらに恋人クララにも投影していました。
クララへの愛の手紙のようなこの曲は、本来クララに献呈しようとしていましたが、クララとの結婚を巡って彼女の父親に猛反対され争っていた時期であったため、同時期に活躍していたショパンへ献呈しています。
全8曲で構成されるこの作品は、急ー緩ー急ー緩と対照的な曲調で構成されており、主人公クライスラーの揺れ動く心情が繊細に描かれています。
クララへの愛を成就させたいという思いを胸に、創作に情熱を注いでいたこの時期シューマンの音楽は、彼の芸術性が最も輝いていた頃とも言えるでしょう。
全ての曲の中にクララへの一途な愛情が詰まっていて、シューマンの、愛に満ちた幸せな精神状態が伝わってきます。

歌曲
ピアノ曲だけを書いていたシューマンが、作曲の中心を歌曲に切り替えたのが1840年。
きっかけは、長年結婚を反対されていたクララとようやく結婚が出来たことでした。
その時の幸福感が、ロマンティックな詩に音楽をのせてクララへ届けたいという想いへとつながり、彼を歌曲への創作へと向かわせたのです。
もともと文学や詩に深い関心があったシューマンは、文学的な美しさとともに、心の部妙な揺れや情感を丁寧に描いた歌曲を数多く作曲しました。
詩人の恋 Op.48
この曲は、全16曲から成る連作歌曲で、ハイネの詩集『歌の本』の中の「抒情的間奏曲」に収められている詩の中から抜粋して、16篇に曲をつけたものです。
第1曲から第6曲までは愛の喜びを、第7曲から第14曲までは失恋の悲しみを、第15曲、第16曲は、その悲しみを振り返って歌っています。
この曲を作曲した1840年は、クララとの父の猛反対で、結婚に進めなかったシューベルトが、裁判でクララとの結婚を認めてもらうように争い、ようやく結婚した、幸せの絶頂期の年でした。
自分自身、身を焦がすような恋をしたことが、恋の歌の喜び、悲しさという音に昇華され、とてもロマンティックで文学的な傑作に仕上がっています。
本来、ピアノ曲ばかり書いてきたこともあって、歌の美しさを支えるピアノの旋律も非常に美しいです。

交響曲
シューマンが歌曲を集中的に取り組んでいた次に交響曲を書き始めたきっかけは、クララとの結婚による幸福感と、シューベルトの交響曲との出会いでした。シューベルトの『交響曲第9番ハ長調「ザ・グレート」』の壮大な楽想に触れ、その豊かな音楽性に感銘を受け、自らも交響曲を作曲したいという衝動にかられ、書き始めました。
彼は生涯で4曲の交響曲を手がけています。彼の作品の特徴は、重厚で複雑なオーケストレーションにあり。ホルンやティンパニーの音で、ときに主旋律が明確に表現されないことがありますが、その濁りが、全体としてはレンブラントの絵画のような、陰影と深みをたたえた美しさとなっています。
交響曲第1番 変ロ長調「春」Op.38
ファンファーレのような響きで始まるこの曲は、寒い冬を越し、生命が目覚め始める春の息吹を感じられるような、朗らかでエネルギーに満ちた曲です。
初めての交響曲の執筆でありながら、4楽章構成のこの曲を、4日間で作品全体のスケッチを完成させ、曲全体の総譜も1か月ほどで仕上げたと言われています。
この時期の彼は、長年の結婚の反対を法廷で解決してようやく結婚できた、幸せに満ちている時期でした。歌曲の年、と呼ばれた歳の翌年の作曲であり、彼の内側から湧き出る音楽の泉があふれ出て止まらない時期であったようです。

室内楽
1842年は集中的に室内楽に取り組みました。室内楽を書き始めたきっかけは、当時は家庭での音楽演奏が盛んで、ピアニストでもあったクララの活動や人脈が、室内楽の執筆へと向かわせたようです。また、今までピアノ曲、歌曲、と1ジャンルごとの探求をしていったシューマンが、新しいジャンルに挑戦したいという情熱が彼を室内楽の創作へ向かわせたようです。
ピアノ5重奏曲 変ホ長調 Op.44
シューマンは室内楽の中でも、とりわけ輝きを放つのがこの曲です。
ピアノと2本のヴァイオリン、ヴィオラ、チェロで編成されたこの曲は、全4楽章で構成されています。
1楽章は伸びやかで美しく、2楽章は「葬送」をイメージさせる厳かな曲調に変わります。3楽章はスケルツォ形式で、軽やかでシンプルな旋律が、互いの楽器を活かしながら追いかけあいます。4楽章にはいくつか象徴となるドラマティックな主題があり、シューマン特有のロマンティックで切ない旋律に心が掴まれます。

まとめ
彼の音楽の美しさは、一人の女性へのただ愛を届けたいという純粋な想い、そして精神の不均衡の中に宿った危うい美しさから生まれました。
その旋律は時を越えて、愛の喜びや切なさを私たちへ語りかけてくれりでしょう。


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