思春期のメンタルの症状【当事者はどんな苦しさを抱えているのか】

思春期

はじめに

私自身、21年前にドスンと重いうつ症状が出て、その後もそれでも何とか社会で暮らし続けている中で症状が増えていき、複雑化していっています。

はじめて通院した時に、精神科の医師に「あなたの鬱は、今回はショックな出来事がきっかけだったけど、もともとパーソナリティーの問題であると思う。自分を責めてしまったり、ずっと生き辛かったんじゃないの?」と言われました。
思い返すと、小学生くらいから生き辛さはあり、身体症状も出ていたなぁと感じました。

何とかごまかしながらも社会生活を送れていること自体、本当に苦しんでいる人から見ると「軽い」のかもしれません。
でも、当事者の目から
「やりたくても出来ないんだ」
「身体が限界のサインんを出しているんだ」
という視点で寄り添う事もできると感じています。

私はいまだに色んな症状を複雑に抱えながら暮らしていますが、この記事では思春期の子供の心の声に限定し、もどかしさを抱えている周囲の人に、
「普通が出来ない」
「皆と一緒が難しい」

そんな子供の心の代弁をして、周囲にどう対応してほしいかをお届けします。

自傷行為

「リストカット」の傷を見ると、周りにいる人は
「何でそんなことをするの?」
「死にたいの?」
「興味を引きたいの?」
と感じり人もいるかもしれません。

実際の自傷行為の意味はその真逆です。
生きる事は苦しくてどうしようもない。でも
「周囲の人を傷つけたないから、傷つけるのは自分自身」
「生きるためにやっている」
そして、自傷行為で細い糸の上を何とか歩いて日々を生き抜いていても、この腕の傷が、周囲の人の心を痛めることも知っています。
長袖を着たり、見えない個所を切ることで、自傷行為を他人に見せないように懸命に隠す子も多いです。

もし身近な人の自傷行為に気づいたときは、その行為自体は咎めずに、
「一人で抱えなくていい」
「あなたの味方はここにいるよ」
というメッセージを、言葉ではなくコミュニケーションの中で伝えていってください。

私自身、いろんな発作を持っており、「リストカット」をすると、痛みではなく安心が広がり、動悸が治まり心が静まるという鎮静作用がありました。
実際、悩みや慢性的な痛みなど、自傷行為は一時的に緩和してくれる効果があり、言葉で不満や痛みを伝えられない動物にもみられる行為であり、私が以前勤めていた重度心身障碍者の現場では、自傷行為を行う人も多くいました。

しかし、だからといって、長く習慣化させていい行為ではありません。
エスカレートしていくと、命の危険に及ぶこともあります。
否定はしなくても、自傷行為から離れられる代替えの趣味や興味、自傷行為をしなくても生きていける環境への転換など、緩やかな環境改善は必要であると思います。

摂食障害

摂食障害の人が身近にいると、
「どうして食べないの?」
「その痩せ方は異常だよ」
と感じるかと思います。

でも、周囲の声掛けによって、食べない行為をやめることはありません。自分の認識が変わらない限り、ダイエットをやめることはないのです。

摂食障害には、
「拒食症」
「過食症」
と大きく分けて二つの症状があります。
そして「過食症」の中には
「非嘔吐過食」
「過食嘔吐」
にわかれます。

私の場合は、ダイエットがきっかけではなく精神的にショックな出来事から食事が全く出来ない状態が3ヶ月続き、ある日、食事が出来るようになったら、3日で普通の食事をしただけで5㎏体重が増えました。
この急激な体重の増加が怖くなり、食事は食べれるよいうになったんだけど、食べたら全部吐かないと不安になるという強迫観念が出来てしまい、食事と嘔吐が1セットになる時期が半年続きました。その時は普通の食事量だったのですが、だんだんと異常な食事量の「過食」に変化してきて、毎日大量に食べては、その後に水を多量に飲んで吐く、が日常になりました。
だんだん体も心もボロボロになり、1人暮らしから実家に戻ることになり、吐くことが出来なくなり、食べ過ぎるけど吐けない状態に移行しました。
その頃から20年ほど経過していますが、摂食障害から抜けれたという実感はなく、行きつ戻りつという中で、「今はこの状態なんだな」と感じながら上手に付き合っています。

摂食障害は、自分ではコントロールできないことが多いです。そして拒食の後は、振り子が反対に振り切れてしまい、大半の人は過食に反転します。
飢餓状態の続いた体は、久しぶりに供給されたカロリーを過剰に吸収してしまい、拒食が終わったとたんに10kg以上短期間で体重が増える事も…。変わっていく外見に自己肯定感を削られながらも、泣きながら食べ続けてしまうのです。
摂食障害は完治が難しく、一旦普通の生活に戻れたとしても、またストレスがある環境に置かれた時に症状がぶり返すことも多いです。長い時間、食欲、体重、外見に心をかき乱されて生きていく事になります。

そばにいると、心配なほど痩せていた人がふっくらしてきたら、安心して「食べれるようになったんだね、良かったね」と声をかけたくなったり、丸くなった外見に「一瞬わからなかったよ、ずいぶん変わったね」と軽い気持ちで声をかけてしまうかもしれません。

しかし、その外見に焦りを感じていたり、食べれるようになった裏側で、人に気づかれないように吐いている子もいます。体重の増減に、本人は強い自己嫌悪感を抱えていたり、もう過食のスイッチが暴走して、自分でも自覚しているから外見の話題はしてほしくない、という想いを抱えている場合が多いです。

近しい人が、摂食障害を抱えているんだろうな、と感じた時は、強制して食べさせようとしても、体が食事を受け付けない、またはもっと痩せなきゃと感じている時には、心配をかけないように人前では食べながら、裏で吐いていて摂食障害を悪化させている場合もあります。
感じたことはあったとしても、外見の心配、変化、食事の強制の話題には一切触れないこと。
そばにいる人が出来ることは、大きな振り子のような食欲、体重増減に占められている心に、外見とは離れたところで自己肯定感を上げる言葉かけを続けること。趣味など、外の世界に心の扉を開いてあげること。

摂食障害は、周囲が治してあげることは出来ません。「痩せなきゃ」という想いを手放し、心の中や人生の大半の時間を、食欲や体重から本人が距離を置けた時にやっと解放されるのです。
同じところで行きつ戻りつしている状態にやきもきせず、「これは相手の問題」と食欲のコントロールは出来ないことを心に留めておいてください。

ナルコレプシー

私自身、学生時代は先生にも呆れられるくらい、いつも授業中に寝ている生徒でした。
不真面目な態度を注意され、寝てしまうので黒板に書かれたことをノートに書くことも出来ないので、成績も散々でした。
授業態度を改めようと睡眠時間を増やしても、休み時間に寝るようにしても全く改善されず、自分は不真面目なダメな人なんだ、と自分を責めていました。

社会人になってからも、内容がシリアスな会議や通勤の車の運転でも、間rぶれなく急に眠ってしまうことが続き、精神科の受診が始まった後に以前からこの悩みがあったことを伝えると、先生から
「それはナルコレプシーだね」と言われ、今までのことがすべて腑に落ち、「不真面目だったからっではなかったんだ」とかつての自分を認めて上げれるようになりました。

「ナルコレプシー」とは、本人の意図に関係なく、一瞬で気を失うように睡眠に落ちてしまう症状のある病気です。
しかし、「眠る」という行為が「話を聞いていない」「不真面目だ」とだけ受け取られることが多く、当人も周囲も、病気からくるものと気づかれることは少ないです。

睡眠に落ちるきっかけは、ストレスがきっかけになることが多く、私の場合は、学生時代のナルコレプシーの原因は、学校というたくさんの同じ年齢の人が詰め込まれた教室にいる緊張感が、強いストレスとなっていたようです。

当たり前と受け入れなくてはならない環境も、人よりしんどさを感じてしまったり、体を通して「心のSOS」の信号が表れる子はいるのです。

もしお子さんが、「学校で眠ってばっかりだけど家で寝てないのか?」のように、先生から指摘があった時は、「真面目に授業を受けなくては駄目じゃないの?」と叱る前に、「どうして寝てしまうんだろう?」「何らかのストレスがこの眠気を引き起こしているんじゃないか?」という視点も持ち、寄り添うことで、ナルコレプシーまではいかなくても、ストレス性の過眠や成長期の何らかの不調に気づくことが出来ます。

思春期は勉強や進学の悩み、友人関係の悩み、異性間の悩み、部活動の上下関係の悩みなど、悩みが尽きないです。
大人になれば、合わない環境からは離れられるし、たった1年早く生まれただけで何が偉いんだと思えますが、学生時代は、あの狭い世界が全てです。
その環境が辛いと感じてストレスが身体に出るような子は、「弱い子」ではなく、「限界まで十分に頑張った子」です。

その身体反応に気づいた場合、周囲にできることは、「頑張れ」、「皆も頑張っている」と、もとのレールに無理やり戻すより、小さなアクションでいいので、「出口」を作ってあげること。
学校に行くのが辛い子なら、「辞める」、「不登校」までいかなくても、時々は休むことも受け入れてあげる。
部活が辛いならやめてもいい。
友達から仲間外れにされているなら、「友達なんていなくても困らないよ」と心を楽にしてあげる。

「普通」じゃなくてもいいんだ
「皆と同じ」じゃなくてもいいんだ

こう思えると、同じ環境でも心は大分楽になり、過眠を含むストレス性の身体症状も、次第に軽度なものに変わっていくでしょう。

まとめ

ストレスを感じやすい子。
そのストレスを心の中で対処できる子。
ストレスが身体反応として表れ、日常生活にも支障が出る子。
それは人によって様々です。
もどかしいくらいに心の問題に振り回されている子がいても、過剰に反応せず、でも「その子の特性」を受け止め、尊重して伴走してあげてください。

1人ではトンネルの出口は見つけにくいですが、少し客観的な視点から導く人がいれば、それが「希望の光」となります。

コメント

タイトルとURLをコピーしました